フランスの戦車の殿堂へ
ドイツのニュールンベルク・トイフェアへの参加とともにここ数年恒例となっている2月のヨーロッパ取材旅行のしめくくりは、フランスのソミュール戦車博物館であった。冬季としては例年になく暖かな太陽に恵まれた北イタリアから、パリのシャルルドゴール国際空港に夕方到着した我々を出迎えてくれたのは季節外れの豪雨であった。こちらもどうやら暖冬らしい。さっそくパリから車でフランス南西約300キロ、ロアール河の辺に位置するソミュールに直行する。3時間半ほどの道程である。
すでにご存知の方もいらっしゃるだろうが、実はソミュール戦車博物館はフランス陸軍機甲部隊の資料館として設立されており、したがって館長を始めスタッフは軍人である。しかし資料館というにはあまりにも壮大な所蔵ストックだ。実際に展示公開されているのは100輌強だが、未公開の所蔵車輌や火器類は700点以上ともいわれており、世界屈指のコレクションなのである。
不安を胸に録音に臨む
心配された天候は翌朝には晴天となっており、幸先のいい取材スタートとなった。今回の取材任務は一風変わっている。というのも車輌本体の取材ではないのだ。なんと我々の任務はキングタイガー戦車に搭載されているマイバッハ・エンジンの「サウンド」を録音することであったのだ。世界で唯一実動するキングタイガーがこのソミュールに居るのだ。気がはやり、朝9時の開館より早く到着。にこやかに出迎えてくれた館長のオルメール大佐に伴われて館内に通されると、最初に出迎えてくれるのはフランスの誇る自国ルノーの戦車群である。ルノーは世界初の砲塔旋回式戦車を実現させたメーカーだ。そこを通りぬけて別館のドイツ車輌展示に入ると目前にキングタイガー、そしてタイガーI が仲良く鎮座している。とくにキングタイガーは実動状態に復元するのに5台もの車輌を使用して実現したものだといわれており、ソミュール館員たちの復元に対する情熱がうかがえる。(※画像1)
館長とメカニックの方々 普段の取材だとここまでくれば多少安心して純粋に車輌の大きさや重厚さに驚くのだが、今回は車体を目前にしてもまだ心配事があった。日本を発つ前にいただいた大佐の手紙には「なにぶんお年寄りの婆さんなので、万が一彼女が言うことを聞かなくても責任はとれない」つまりエンジンスタートの保障はない、というちょっと心もとない連絡をいただいていたのだ。個人的にはこれはさもありなんという気がする。なにしろ半世紀以上も前の機械なのだ。だが日本からはるばるやってきた我々としては、本社で待つ同僚たちに失敗の報告はなんとしても避けたい。たかがエンジン音といえども、タイガーの「生」音はそうそう簡単に入手できるものではなく、多少おおげさだがこの日のために、録音に素人な我々は入念な予行練習までしてきたのだ。また政府機関ともいえる軍隊でこういった特別なはからいをしていただけること自体が希なことである。このチャンスを逃す訳にはいかないのだ。しかし、ありがたいことに大佐は3人ものベテランメカニックを整備に付けて万全を期してくれた。
怪物に生命が吹き込まれる
さっそく日本から今回の長旅の最中ずっと大切に運んできたデジタル録音機材やビデオを準備設置し、エンジン始動の合図を待った。最初はセルモーターによる始動だ。車体の横には電源となる大型のバッテリーが台車に載せられて接続されている。火災防止と安全のためバッテリーは車内搭載されていない。(※画像2)
台車上のバッテリー スタートはあっけなかった。自動車の始動時間より短いぐらいだ。V型12気筒700馬力のガソリン・エンジンははじめ咳き込むようにしながら目を覚ました。意外と乾いた音だ。当時はあまり消音は考慮されなかったとはいえ、それほどうるさいとは感じなかった。現代の電気モーターのようにスムーズに回るエンジンと違い、ガサガサした感じの無骨な音だ。ただ普段始動しないためか排気煙がすごい。後方排気のエキゾーストパイプだけでなくエンジンルーム上面ルーバーからも勢いよく垂直に白煙が立ち昇る。今回は走行させる予定がなく、展示ハンガーの中でそのまま始動したため周囲はたちまち霧が立ち込めたようになった。音がうまい具合に館内で反響してくれる。 操縦担当メカニックが要望通り一定の割合で回転数を上げてくれる。子供のころにあこがれて作った模型の実物がいま我が目の前で自分たちのためだけにエンジンに火を入れてくれている。仕事とはいえ一瞬センチメンタルな気分になり、一回目のエンジン始動の後には思わず慣れないフランス語で大佐に「トレビアン(素晴らしい)」と感謝してしまった。
取材に与えられた制限時間は少ない。次に手動のクランクスタートを試みてもらった。これはエンジン内にあるフライホイールをクランクで回転させ、その回転マスを利用してエンジンを始動させる方法である。二人のメカニックが手際よく重そうなクランクを回転させる。フライホイールが勢いにのると一人がクランクとのリンクをリリースし、同時に操縦士が始動を試みる。セルスタートとはちがいフライホイールのウイーンと唸るような重々しい回転音が特徴だ。たとえて言うならジェット戦闘機が始動するときのファンの音に似ている。
クランクによる始動 しかしこのクランクスタートにはてこずった。3回連続でやってもらったがだめだった。逞しいメカニックたちもさすがに息切れしてしまったが、一息いれて再度挑戦してもらう。 4回目もだめかと思ったその瞬間エンジンは息を吹き返した。大戦中、極寒の戦線などではバッテリーが弱まってクランク始動に頼ったのだろうか。今回のエンジン・スタートがスムーズにいった理由に暖冬が挙げられるかもしれない。早朝の館内は暖房設備もなく、コンクリ打ちの床に立っていると底冷えするが、例年のように温度計が零下を示すことはなかった。何しろ日中になると気温16度という小春日和だったのだ。手動スタートでも一通りの録音メニューをこなし、キングタイガーは再び眠りについた。(※画像3)
マイバッハエンジンの鼓動
エンジンサウンドの収録 余談だが、エンジンが回っている最中何度かエキゾーストパイプから派手なバックファイアー(火を噴く)が見られた。これを見てドイツ戦車の後期型の多くにフラッシュハイダーが装着されたわけが納得できた。これでは夜戦でさぞ目立ったことだろう。敵にとっては格好のポジション・ランプだ。一連の録音作業に要した時間は20分未満だったと思うが、とても長く感じた。あとは無事に録音された音源をプロのアレンジャーに渡すだけだ。春の見本市にはこの音源をベースにした迫力ある1/16RCタイガー戦車 の走行シーンが見本市会場で披露されることだろう。(※画像4)
帰り際、オルメール館長から製品にはぜひソミュール博物館協力のクレジットを入れてくれるよう依頼を受けた。理由は製品を目にするであろうお客さんに一人でも多く博物館の存在をアピールし、来館していただくためだと言う。同博物館は政府機関ではあるが、保有する車輌を常に最良のコンディションに保つために莫大な資金を必要としている。来場者が多ければそれだけ復元中の車輌が早期公開にこぎつけるのだ。もちろんクレジットの件は弊社からもお願いするつもりだった。我々としてもタイガーの音源が本物だということをファンにアピールしたいのだ。
今回の取材はいまだかつてないものだったが、無理難題とも思える要望に快く大事な宝物のキングタイガーを用意し、見事な「独奏会」を催してくれた。ここにあらためてソミュール戦車博物館館長はじめ館員の方々に深く感謝したい。完成した製品を手土産に再びソミュールを訪れる日が今から待ち遠しい。