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【 菊水作戦参加艦艇を完成品モデルで 】 戦後61年が経ち、太平洋戦争を振り返る節目として多くの関連書籍や映画が話題となっています。特に映画「男たちの大和」は記録的なヒットとなり、戦艦大和がにわかにクローズアップされました。しかし大和に随伴する最新巡洋艦「矢矧」と歴戦駆逐艦八隻が同じ悲壮な想いで作戦に参加したことはあまり知られていませんでした。 今年の春発売となった1/700ウォーターラインシリーズ「菊水作戦ボックス」はこの壮絶な戦いに参加した日本海軍最後の艦隊のプラモデル全てを網羅し、「菊水作戦」の全容を伝える商品として大きな話題となりました。 そしてこの秋、この「菊水作戦ボックス」は精密な完成モデルとして皆様の前に登場となります。10艦全てが専門スタッフによる手作りでマストはエッチングパーツとするなど実感あふれる仕上りです。また、この菊水作戦参加艦船全ての運命を網羅した「特攻大和艦隊―帝国海軍の栄光をかけた10隻の明暗」(阿部三郎氏著 光人社刊)の特典付き。一品一品を丁寧に仕上た手作り商品の為、生産数は250セットと限られますのでお早めにお求め下さい。 |
![]() ■大和 |
![]() ■全10隻 |
![]() ■矢矧 |
![]() ■雪風 |
![]() ■浜風 |
![]() ■涼月 |
![]() ■冬月 |
![]() ■磯風 |
![]() ■初霜 |
![]() ■霞 |
![]() ■朝霜 |
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【 菊水作戦について 】 太平洋戦争も終盤の昭和20年4月6日午後、日本海軍最後の艦隊が山口県徳山沖から出撃しました。沖縄に上陸を開始した連合軍に対する守備隊の総攻撃や陸・海軍航空機による特攻作戦を支援するため、残存している水上艦艇を突入させることが決定されたのです。 この沖縄戦で実施された日本海軍による一連の攻撃は“菊水作戦”と名付けられていました。切り札として温存されていた戦艦「大和」を旗艦として、軽巡洋艦「矢矧」と8隻の駆逐艦「冬月」「涼月」「朝霜」「初霜」「霞」「磯風」「浜風」「雪風」による第1遊撃部隊が編成され、海上特攻隊と命名されました。 「大和」の任務は艦を沖縄本島の残波岬に座礁させて砲撃を行い、その後は乗員を陸戦隊として突撃させるという生還を期さないものだったのです。艦隊は豊後水道から大隈海峡を通過する間は潜水艦を警戒した第1警戒航行序列、その後は輪形陣の第3警戒航行序列に移行し、進路を秘匿するためいったん西北西に向かいました。すでに日本近海でも制空権、制海権とも失われていたにもかかわらず、九州を離れると護衛戦闘機もすべて帰投してしまいました。しかし第1遊撃部隊の行動は出撃のわずか5時間後には米潜水艦に察知されていたのです。 翌4月7日早朝、艦隊は米偵察機との接触を機に進路を南に変更。正午過ぎには12隻の米空母から飛び立ったヘルダイバー急降下爆撃機やアベンジャー雷撃機など攻撃隊の第一波が飛来し、「大和」に攻撃を集中したのです。三式弾装備の46cm砲9門を初めとする数百の対空火器で激しく応戦し、最大戦速で回避する「大和」に向けて次々に命中弾や至近弾が加えられました。その後も絶え間ない波状攻撃は2時間あまりも続き、延べ300機以上の米軍機が襲来。左舷に集中的に魚雷攻撃を受けた「大和」はついに傾斜復元が不可能となり左へ転覆、巨大な爆発とキノコ雲を上げて坊ノ岬沖の海中に没したのです。護衛の艦隊も大きな被害を被り、佐世保に帰投できたのは「冬月」「雪風」「初霜」そして艦首を大破して後進航行してきた「涼月」のみとなりました。大艦巨砲主義が終焉を迎えた時代に誕生した悲劇の戦艦「大和」が、その実力を発揮する機会はついに訪れなかったのです。 |

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【 模型要目 】 ★全10隻、「戦艦 大和」「軽巡洋艦 矢矧」「駆逐艦 雪風」「駆逐艦 浜風」「駆逐艦 涼月」「駆逐艦 冬月」「駆逐艦 初霜」「駆逐艦 磯風」「駆逐艦 霞」「駆逐艦 朝霜」それぞれを銘板付きの木製台座に固定し高級感を演出。 ★各艦エッチングパーツ付き。 ★文庫本「特攻大和艦隊」1冊付き。 |
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【 参考資料として最適 】■ウォーターラインガイドブック <日本連合艦隊偏>改訂版 ■945円(本体価格900円) ウォーターラインシリーズの基本的な組み立てやディテールアップ、情景の作り方などの工作ガイドに加え、艦隊の編成や戦闘隊形、マークの各部の名称についての解説など、日本海軍艦艇に関する知識を深めるのに最適な一冊です。静岡模型教材協同組合発行。※写真は表紙と内容の一部サンプル画像です。 |
